楓の風の研修|看護倫理と倫理的ジレンマ


― 正解がひとつではない場面で、看護師はどう考えるか ―

先日、月次研修として「看護倫理と倫理的ジレンマ」をテーマにした研修を実施しました。講師は、当社のSS補佐の看護師です。

今回の研修では、看護倫理の基本を振り返るだけでなく、訪問看護の現場で実際に起こりやすい「本人の希望と家族の希望が一致しない」「良かれと思った支援が本人の思いとずれる」といった倫理的ジレンマについて、具体的な事例を通して考えました。

訪問看護では、教科書通りに答えが出ない場面が少なくありません。だからこそ、何が正しいかをすぐに決めるのではなく、なぜその人はそう考えているのかを丁寧に見ていくことが大切です。


まず、自分自身の価値観を知ることから

研修の最初に行ったのは、自分自身の価値観を振り返るワークでした。

「人生や仕事で最も大切にしていることは何か」
「他者の言動で許せないと感じることは何か」
「看護をしていて充実感を感じるのはどんな時か」

こうした問いを通して、自分が普段どのような価値観をもとに判断しているのかを考えました。

看護師も一人の人間です。

自分では当たり前だと思っている価値観が、利用者様やご家族にとっても同じとは限りません。

自分の価値観を知ることは、それを相手に押しつけないための第一歩でもあります。


法律、道徳、倫理は同じものではない

研修では、「法」「道徳」「倫理」の違いについても整理しました。

法律は、社会の中で守るべき最低限のルールです。

一方、道徳は、家庭や社会、文化の中で育まれてきた「良い・悪い」という感覚に近いものです。

そして倫理は、専門職として「どのように考え、どう行動するべきか」を、個人の価値観だけではなく、周囲と話し合いながら考えていくための枠組みです。

訪問看護で難しいのは、法律上は問題がなくても、本人の尊厳や希望を考えると迷う場面があることです。

そこに、倫理的な検討が必要になります。


看護の判断を支える「4つの倫理原則」

今回の研修では、医療倫理の基本となる4つの原則についても学びました。

自律尊重は、利用者様自身の価値観や意思決定を大切にすること。

善行は、利用者様にとって利益となることを行うこと。

無害は、不必要な苦痛や危害を与えないこと。

正義は、限られた医療やケアの資源を、公平に提供することです。

実際の現場では、これらがきれいに両立するとは限りません。

本人の意思を尊重したい。
でも、その選択によって身体的な危険が生じるかもしれない。

利用者様のために良いと思って提案したことが、本人からは望まれていない。

そのように複数の価値がぶつかるところに、倫理的ジレンマがあります。


「本人の希望」と「家族の願い」がぶつかった時

研修では、具体的な事例をもとに考えました。

一つは、82歳の男性で、老衰と誤嚥性肺炎を繰り返しているケースです。

本人は以前から「苦しいことはしたくない」と話している一方、長男は胃ろうや点滴を続けることを強く希望していました。

表面的に見れば、

「本人の意思を尊重するか」
「家族の希望を受け入れるか」

という対立に見えます。

しかし研修では、そこで判断を止めませんでした。

なぜ長男はそこまで延命を望むのか。

背景には、過去に母親を急に亡くし、十分に親孝行できなかったという後悔があるかもしれない。

「ここで治療を諦めたら、父を見捨てることになる」

そんな思いがあるとすれば、家族の言動の見え方も変わってきます。


「変わった家族」で片づけない

もう一つの事例は、認知症が進行した独居の女性と、その支援を拒む長女のケースでした。

長女は、訪問看護などの介入を「母の生活への侵入」と捉え、強く拒否していました。

これだけを見ると、「支援を邪魔する家族」と感じてしまうかもしれません。

しかし、その長女が幼い頃から、

「外の人は信用してはいけない」
「家族だけで生きていく」

という環境の中で育ってきたとしたらどうでしょうか。

他人に頼ることそのものが「家族への裏切り」のように感じられている可能性があります。

この講義で繰り返し語られていたのは、目の前の言動だけでその人を判断しないことでした。

一見理解しづらい行動にも、その人がこれまで生きてきた背景があります。


倫理的ジレンマは、どう考えていくのか

研修では、倫理的な課題に向き合う際のプロセスも共有されました。

まず必要なのは、事実を集めることです。

利用者様の医学的な状態。
本人の希望。
家族の状況。
これまでの経過。
利用できる社会資源。

そのうえで、何と何が衝突しているのかを整理します。

本人の自律を守りたいのか。
身体的な安全を優先したいのか。
家族の願いも大切にしたいのか。

そして一人で結論を出さず、多職種で話し合います。

ケアマネジャー、医師、看護師など、それぞれが異なる視点を持ち寄ることで、見えていなかった選択肢が出てくることがあります。


「正解探し」よりも、プロセスを大切にする

今回の研修で特に印象的だった言葉があります。

正解を探さなくてもいい。

倫理的な問題には、「これを選べば100点」という答えがないことがあります。

大切なのは、誰かの意見だけで決めるのではなく、

なぜ本人はそう思うのか。
なぜ家族はそう願うのか。
どこまでならお互いに納得できるのか。

その背景を丁寧に紐解きながら、少しでもよい方法を一緒に探していくことです。

実践してみた結果、想定と違えば、また話し合って修正すればよい。

その過程こそが、倫理的な看護実践なのだと学びました。


看護師自身も、一人で抱え込まない

倫理的ジレンマに向き合うことは、看護師にとっても大きな負担になります。

自分では「これが良い看護だ」と思っているのに、現実にはそれができない。

利用者様の希望と家族の希望の間に立ち、どちらにも十分に応えられないと感じる。

そうした経験は、知らないうちに看護師自身を消耗させます。

だからこそ、今回の研修では、個人の責任にせず、スタッフ同士で話すこと、カンファレンスを開くこと、時には気持ちを吐き出すことの大切さも共有されました。

訪問は一人で行いますが、判断まで一人で抱える必要はありません。


利用者様の人生を「理解しようとする」看護へ

今回の研修を通して改めて感じたのは、看護倫理は難しい理論を覚えるためだけのものではないということです。

利用者様やご家族の言葉に違和感を覚えた時、

「どうしてそんなことを言うのだろう」

で終わらせず、

「この人には、どんな背景があるのだろう」

と考えてみる。

その姿勢が、看護倫理の実践につながっていきます。

病気だけを見るのではなく、その方が歩んできた人生や家族との関係、何を大切にしてきたのかまで知ろうとする。

楓の風では、こうした研修を通して、答えのない場面でも一人で抱え込まず、チームで考え続けられる看護を大切にしていきます。